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LSEの授業形式を斬る!

節分にあわせてミックスビーンズサラダを買ってみました。ちよわかまるです。

素朴な疑問がありますよね。
日本の大学の授業とLSEまたはイギリスの大学の授業ってどう違うのか?
今回はそんなことを適度に掘り下げてみようと思います。


まず、講義。
講義は基本的に教授がしゃべりまくります。そして、ほぼ99%の講義でパワポが用いられます。日本の講義では使わない先生もけっこういますよね。お経を唱えているのか、福祉について話しているのか分からない、みたいなだらんだらんの授業展開。そんな講師はLSEにはいません。ちゃんとした「プレゼン」が提供されます。
ただ、基本的に一方的です。どこかの白熱教室のような公開討論的やりとりはあまりありません。

続いて、セミナー。
基本的に、講義とセミナーはセットです。たとえば、Criminal Justice Policyという授業を履修したとしましょう。第1回「犯罪の定義」という講義を受けます。その後、少人数のセミナーで、その講義内容についてディスカッションします。これが2回目以降繰り返されます。
つまり、インプットとアウトプットが明確に分かれているのです。講義はインプット。掘り下げるのはセミナー。だから、講義でいちいち白熱する必要がない。
この点は、日本の形式とはだいぶ違いますね。大教室で教授の必殺お経攻撃を聞いておしまい。一方的なインプットのみで、アウトプットはテストかレポートか。

さらに面白いのがセミナーは成績評価の対象ではないのです。欠席しようがダンマリをきめこんでいようが評価が悪くなるわけではない。
じゃあ、なぜセミナーをやるのか。
「議論」するためです。
自分の理解を深めるだけでなく、他の人の異なる視点を聞いて再度考えます。

そして、この「議論」に欠かせない要素が、多様性になってくるわけです。
そういえば日本の大学では全く聞かないなあと思うセリフがあります。
「あなたの国ではどうなってるの?」
いろんな国の人がいますからねえ。異なる視点は、時として本当に全く異なる視点になっちゃうわけです。違う文化や環境ではどうなるのかという思考の幅が生まれます。

評価方法は教場試験が多いですね。悲しいことに。セミナーではプレゼンもします。Formative Essayと呼ばれるエッセイも提出します。でも評価はほぼ100%試験です(試験とレポート半々やレポート100%などもちょいちょいありますが)。
ところでFormative Essayというのは面白い方式です。過去の試験の問題やセミナークエスチョンから1つ問いを選んで、苦労して1500wordsも書きます。がしかし、フィードバックをもらうのみで、特に成績には反省されません。でも、これはけっこういいシステムだと思います。自分がどの程度理解しており、どの程度論理的に構成してアウトプットできているのかを測れます。教授との信頼関係にもつながります。


こうして整理してみると、「学問する」ということに対する姿勢が随分違うんだなあと思います。
LSEでの修士プログラムは、「プロセス」を中心によく組み立てられています。
文献を読み、授業を聞く。
自分の意見を言い、他の意見を聞き再度考察する。
さらに文献を読み、論理的な文章に集約していく。
Input→Think→Outputというプロセスを通して、学問的な能力が高められていくみたいな。
これに比べると日本の大学は「教えられるところ」で「考えて表現するところ」ではないですね。でも暇で楽な分、学問以外のやりたいこともたくさんできるというメリットもあります。学部からイギリスの大学にいるとめんどくさい理屈人間になっちゃいそうだし(笑)


今日はソフトな感じで斬ってみました。ではまた。

 

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