フリーター、イギリスへ行く

イギリス/大学院留学/LSE/Social Policy

まだやってます

お久しぶりです。
もう約1年更新しておりませんが、時々チェックしてますぜ。
ご質問などあればコメント欄やメールにて聞いて下さいね。大学院への留学を考えている方。迷われている方。とりあえず、誰かに話して整理したい方。みなさん、大歓迎です。

今は、大阪におりますので、会いたいという方はメールにてご連絡下さい。

ちよわかまるの2017年は、面白くなりそうです。ふふふ。

※追記
気分が乗ったのでブログを再開しました。
http://arasato.hatenablog.com
ぼくのその後が気になって夜も眠れないそんなあなたのために。
ふざけた仕上がりですが、たまーにのぞいてみてください。



このブログの目的と使い方

ちよわかまるです。
年越し釜揚げうどんを食べて、最後のブログ更新の準備万端です。

このブログは役目を果たし終えたので、今日で最後の記事となります。ぐすん、涙で前が見えないよお(´;ω;`)
最後に、このブログの目的と活用方法をまるっと書いて終わりにしようと思います。


このブログの目的は、
イギリスの修士課程に進もうと考えている人(特に日本の現役学部生の人)に、役立つ情報を提供することです。

この手のブログでは、自分の留学経験のサクセスストーリをグイグイ自慢するものがあります。もちろん、ぼくにも自慢したいという気持ちがないわけではない。でも、なるべく「ぼくが何をしたか」などの個人的な話は削り、「これから出願する人に何が必要か」という視点で書くよう努めました。

ブログの記事は、読んでいる皆さんの現状に応じて、4つの時系列に分類されています(右サイドバーのカテゴリーをご覧下さい)。
出願を考えている or 出願手続き中の方→出願
IELTS奮闘中の方→英語・IELTS
合格通知を受け取った方→合格~渡航まで
LSEで戦っている方→LSEの日常

一つ気をつけて頂きたいのは、ここに書かれていることも一つの話でしかなく一般化できないということです。ぼくは、2014-15年にLSEのMSc Social Policy and Planningという修士プログラムで勉強しました。だから、正直に言えば、自分の修士課程以外のことは全く分かりません。読んでいる皆さんが、このブログを「出発点」または「一つの視点」として活用してくれると嬉しいです。

もし、福祉や貧困、Social Policyに興味があるという人はSocial Policyに挑むの記事を読んでみると面白いかもしれません。日本ではあまり議論されていないようなことについて、なるべく参考文献も示しつつ書いています。
もし万が一にも、ぼくという人間に興味が出てしまった場合は雑談と愚痴の記事を読むといろいろ分かるかもしれません。でも、ものすごいどうでもいい話や自慢話など役に立たないものも転がっています。時間のない人は全く読む必要のないものだと心得て下さい。

ぼくがこのブログを始めたのは、自分が海外の大学院に行くという選択を考える時に、情報が少ないと思ったからです。若い人たちにとって金銭面や語学面で厳しいのは言うまでもないですが、その上情報まで不足したら、海外に行くなんて選択肢はもっと遠のいてしまいます。今後、海外の大学院に行きたいと思う人がもう少し増えてもいいんじゃないかな、となんとなく思っています。


最後に、これまで読んでくれた方々(どれくらいいたのだろう笑)、どうもありがとうございました。このブログを通して4人の方と実際にお会いできました(出会い系サイトじゃないんだぞ!)。また、多くのコメントやメールもいただきました。少しは誰かの役に立ったんだと自己満足を感じることができて、ぼくも嬉しかったです。
今後も留学に関してご質問があれば、コメント欄またはメールにてお尋ね下さい。一週間以内にはお返事いたします。
意外にブログが楽しく書けたので、また何かの機会にブログを始めるかもしれません。運がよければまたその時に。
さよならさよならさよなら(淀川さん風)。


LSE留学で何を得たのか

みなさん、年末いかがお過ごしですか。ぼくは久しぶりにゆっくり過ごしています。寝正月万歳、ちよわかまるです。

今さらですが、このブログの更新終了まであと1日となりました。あと1日の時点でカウントダウンを始めるという、今までにない斬新な手法を採用してみました(笑)
ということで、集大成です。

1年間500万円かけてLSEの大学院留学で何を学び、得たのか。

書くのがめんどくさそうな内容ですが、ゆっくりじっくり振り返るとします。


①多角的・複眼的視点
「多角」というのは「角度がいっぱい」つまり、一つの事柄をこっちから見たりあっちから見たりということ。「複眼」はいくつかの目でいろいろギョロギョロと見るということ。
これはSocial Policy含む「社会科学」の基本的なスタンスだと思います。一つの政策や現象を語るときには、必ず様々な情報や証拠を集めて、かつ、それらから予測できる事柄も考慮して、その上で慎重に言葉にして結論を示す。LSEではとくに、たくさん論文を読んで議論をふくらませるというところが重視されていた気がします。常に異なる考え方を想定して議論の余地を残しながら、最終的な決断を導くという感じです。
こういう能力を身に付けると、まーーー相当めんどくさい人間になります(笑) でも、この複雑怪奇な現代社会においては、とても大事な力だと思います。ぼくのなかには、ちよわかまるBがいます。ちよわかまるAが偉そうに「これはこうだ!」と話していると、ちよわかまるBが「それって本当?」と投げかけてくれる。
自分の考えを絶対化せず、常に修正変更できるようにしておく。

②自分の役割を考える
自分がどのような人間で、どのような貢献ができるのか。これを常に考えさせてくれる1年間でした。たとえば、刑事政策の授業のゼミで、日本の犯罪率の低さと死刑制度が話題になると「なぜか?どう思うか?」と聞かれる。なんとなーく答えることはできたとしても、学術的に論理的にしっかり答えるのはなかなか難しいです。でもこういうときに、自分の「学術世界(academia)」への貢献が問われているのだと感じました。
修士論文は、自分の役割や貢献を考える絶好の機会となりましたね。自分の興味・現在起きている問題・これまでの研究の未解明部分。それらの交差する部分を探り出して、問題設定します。たとえば、ぼくは「誰が子育てをすべきか」を疑問に思っていて、最近日本では男性の育児休業が話題になっている。2009年育児休業法の改正では、男性の育児休業取得の促進が盛り込まれた。でも、誰がその法改正の議論に参加し、どのような政策的議論がなされたのかは、明らかにされていない。ここで、日本語の文献が読めて、かつ、欧米の議論もかじっている自分にはできることがありそうだ、となるわけです。
修士論文は、学術的な能力を身に付けると同時に、とことん自分と向き合う作業だった気がします。うん、すごい大変だった。。。

③多様性を楽しむゆとり
たとえばですね、普段の英語があまり上手じゃなくてもとても鋭い指摘をしていたり、かっこいいかんじで話してるけど重箱の隅つっついているだけだったり。この一年で、「人は見かけではない」「話してみるまで分からない」というのをたくさん経験しました。日本にいる時もそう思っていましたが、比べ物にならないくらいそう思ったということです。
あと、違う国の人と英語で話しているときや一緒にどこかへ行った時の行動。ぼくは、いつも自分の意見をちゃんと英語で伝えたい、自分のくだらない話で楽しませたいと考えてました。自分のことで必死なブサイク人間ですね。でも、LSEのエリートのなかには、常に周りを第一に考えられるスーパーエリートがいました。そこで会話している全員が楽しめるように話題を振ったりとか、自分のことを後回しにして他の人が喜ぶように行動したりとかね。
ぼくにはまだ多様性を心から楽しめるほどの寛容さや余裕はありません。LSEで出会ったスーパーエリートたちは、とてもいい目標になっています。

④社会政策研究の第一線からの問いかけ
社会政策に限った話になるかもしれませんが、貧困や福祉を100年以上も前から研究しているイギリスのLSEで学ぶというのは非常に面白いです。たとえば、貧困ではこういう議論があって、ジェンダーではこういう議論が展開されているのか、とそれぞれの領域(トピック)で理論や主張の発展を把握できます。イギリスでしかお目にかかれない議論に身を投じるというのは、本当に視野と世界が広がります。そして、そこでぐいっと広げた視野で、日本の現状を再度みつめてみると、また新たな発見があるかもしれない。そういう可能性を強く感じます。


こうして振り返って言葉にしてみると、ぼくはLSEでの1年間で相当多くのことを学んだんだなあと少し思います。でも、それが実感できるのは5年後、10年後ともっと後になるかもしれない。
「1年間500万円の価値があったか?」
申し訳ないですが、今のぼくにはわかりません。ただ、可能性はたくさんもらった。それを「価値あるもの」にするかどうかは、今後の自分次第なのだと思います。

らしくない、格言めいたことが出てしまったので、もう終わりです ╮( •́ω•̀ )╭
明日、いよいよ感動のラスト!



とっても申し訳ないのですが、当ブログに書いてある内容によって生じた問題などについて、書いている人は何一つ責任を果たせません。
寛大な御心とご自身の判断力をもってお読みいただければ幸いです。